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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)12161号 判決 1990年7月30日

原告 愛宕商事株式会社

右代表者代表取締役 佐藤満久

右訴訟代理人弁護士 岩﨑精孝

被告 有限会社 コウケン企画

右代表者取締役 森田建一

被告 森田建一

右両名訴訟代理人弁護士 浅井洋

主文

一  原告及び被告有限会社コウケン企画間の別紙物件目録記載の建物についての賃貸借契約における賃料は、昭和六二年一二月一日以降一か月金一九万一七〇〇円であることを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告及び被告有限会社コウケン企画間の別紙物件目録記載の建物についての賃貸借契約における賃料は、昭和六二年一二月一日から昭和六三年八月三一日までは一か月金一九万五〇〇〇円、同年九月一日以降は一か月金二五万円であることを確認する。

2  被告らは、原告に対し、連帯して、金一六万五〇〇〇円及びこれに対する昭和六三年一〇月二一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

3  被告有限会社コウケン企画は原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡し、かつ平成元年三月一日より明渡済みに至るまで一か月金二五万円の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  第二項及び第三項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、不動産の所有管理及び賃貸等を目的とする株式会社であり、被告有限会社コウケン企画(以下「被告会社」という。)は、金銭貸付の業務等を目的とする有限会社、被告森田建一(以下「被告森田」という。)は、被告会社の取締役である。

2  原告は、昭和六〇年三月二九日被告会社との間で、原告所有の別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき次のとおりの賃貸借契約を締結した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

賃貸期間 昭和六〇年三月一日から昭和六二年二月二八日まで

賃料 月額一六万五〇〇〇円

使用目的 事務所

敷金 三〇万円

礼金 一六万五〇〇〇円

特約 本契約を更新する場合は更新料として新賃料の一か月分を支払う。

3  被告森田は、右契約日に原告に対し、本件賃貸借契約に基づき被告会社が原告に対して負担する一切の債務につき連帯保証をした。

4  本件賃貸借契約は昭和六二年三月一日法定更新されたが、更新料は現在も未払である。

5  その後、右賃料は物価の上昇、公租公課の増額、近隣の賃料の上昇により極めて不相当となったため、原告は被告会社に対し昭和六二年一一月一七日到達の書面をもって、賃料を同年一二月一日から月額一九万五〇〇〇円に増額する旨の意思表示をした。

6  その後、右賃料は前項と同様の理由により不相当となったので、原告は、被告会社に対し、昭和六三年八月二九日到達の書面をもって、賃料を同年九月一日から月額二五万円とする旨の意思表示をした。

7  原告は、被告会社に対し前項の書面をもって、本件賃貸借契約の解約の申し入れをした。

8  右解約申し入れについては、以下のとおり正当事由が存する。

(一) 原告は、国際マリントランスポート株式会社(旧商号は馬場大光商船株式会社、以下「国際マリン」という。)の種々の業務の委託を受けてこれを代行することを目的として設立された、国際マリンの出資率一〇〇パーセントの子会社である。国際マリンは、昭和六〇年以降の急激なドル安、円高の恒常化による人件費の大幅な割高化から国際競争力を喪失したため、同一グループである商船三井グループ内で経営規模の適正化を図ることになり、役員及び従業員を増加することになった。そのため、原告は国際マリンの増加した役員及び従業員の社宅を手配する必要に迫られているが、手配済の社宅はいずれも賃借物件であるため賃料を負担しなければならず、原告所有の本件建物を社宅として使用する必要がある。

(二) 被告会社は、本件建物を事務所として使用しており、現在本件建物内で就業している者は代表者である被告森田と数名の従業員のみであるところ、金融業及び不動産業という被告会社の業種に照らし、他の賃借物件に移転しても業務に支障を生ずることはない。

しかも、本件建物内に存在する什器備品はいずれも移転の容易なものばかりであり、他に移転することにより特別な損害を被ることもない。

(三) 被告会社の営業目的は、本件建物の管理組合規約に違反している。

すなわち、本件建物はいわゆるマンションの一室であり、マンション一棟としての建物、その敷地及び付属施設の使用及び維持管理等については区分所有者全員の合意に基づく管理組合規約が定められているところ、右規約第二一条(組合員の遵守事項)第三項には次の規定がある。

「組合員及びその賃借人は、二階以上の専有部分を次の用途あるいは類似業種に相当する用途に使用してはならない。1小売(卸)販売業、2飲食店、3風俗業、4美容美粧業、5人材斡旋業、6加工製造業、7学校、8消費者金融業・不動産業、9スタジオ」

被告会社の営業目的は右規定8に該当する。

(四) 被告会社には以下の債務不履行がある。

(1) 被告会社は、本件建物の賃料としての月額一六万五〇〇〇円の供託を平成元年七月一二日の時点で二か月分怠っていた。

(2) 被告会社は、昭和六二年三月一日の法定更新の際の更新料の支払を怠っている。

(3) 本件賃貸借契約において、水道料は賃借人が負担する旨の合意がなされているところ、被告会社は原告の再三の請求にもかかわらず、昭和六二年九月一日から昭和六三年八月三一日までの水道料合計一万五三六〇円の支払を怠っている。

(4) 被告会社は、原告に無断で本件建物内の壁紙を張り替えた。

(五) その他被告会社は以下の不信行為を行った。

(1) 本件建物については、当初、被告森田個人との間で次のとおりの賃貸借契約が締結されていた。

契約日 昭和五七年七月一〇日

賃貸期間 昭和五七年七月一〇日から昭和五九年七月九日まで

賃料 月額一五万五〇〇〇円

敷金 四六万五〇〇〇円

更新料 新賃料の一か月分

(2) 右契約期間満了に当り、被告森田は原告に対し、本件建物を明け渡す旨申し入れたが、その後会社を設立するので新会社において継続して賃借したいと申し出るようになった。

原告は、法人が賃借することになる場合は賃料を月額一七万円、敷金を四か月分、礼金を二か月分とする旨回答したところ、被告森田は、昭和五九年一〇月五日に会社が設立されていたにもかかわらず、会社設立まで待って欲しい旨申し述べ、昭和六〇年三月二九日まで契約締結を故意に引き延ばした。

(3) 本件賃貸借契約の契約条件の交渉に際しても、被告会社代表者の森田は暴力団風の者を本件建物に出入りさせ、自らも乱暴な口調で原告の担当者と応対し、賃料月額一六万五〇〇〇円、敷金三〇万円(既に預かっている敷金四六万四〇〇〇円のうち一六万五〇〇〇円を新契約の礼金として充当し、残三〇万円を新敷金とし、更新料一六万五〇〇〇円は支払わないものとする。)という原告にとって不本意な条件を強要し、承諾させた。

(4) さらに被告会社は、原告が本件建物の管理を委任した株式会社協和地所(以下「協和地所」という。)が更新の申し出を失念したことを奇貨として、法定更新したので今後賃料の値上げや契約書の書換えには応じられない旨回答し、また、協和地所が約束に違反して被告会社を渋谷ホームズ二階の取引に便乗させていないとの理由で、本件賃貸借契約の更新及び賃料値上げ交渉に応じる姿勢を全く見せなかった。しかも、この間、被告会社は本件建物内に暴力団風の者を出入りさせる等原告を威圧し続け、また、壁紙の張り替え代金の支払まで請求してきた。

(5) 被告会社は、本件が調停に付された際にも、第一回及び第三回調停期日を欠席し、第四回調停期日には代表者の森田が出席したものの、乱暴な口調で八パーセント以上の値上げには一切応じられない旨繰り返し、調停委員及び原告代理人に意見を述べさせる機会を与えないほどの勢いであったため、話し合いができず、原告はもはや被告会社との契約関係を継続することは不可能と判断し、調停を打ち切り、本件提訴に及んだものである。

9  よって原告は被告らに対し、連帯して更新料金一六万五〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六三年一〇月二一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告会社に対し、本件建物の賃料が昭和六二年一二月一日から昭和六三年八月三一日までは月額一九万五〇〇〇円、同年九月一日以降は二五万円であることの確認を求めるとともに、本件賃貸借契約の終了に基づき本件建物の明渡しと本件賃貸借契約終了の日の翌日である平成元年三月一日から明渡済みに至るまで月額二五万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁(被告ら)

1  請求原因1ないし4の事実は認める。

2  同5及び6のうち、原告主張の日時に書面による賃料増額の各意思表示がされたことは認めるが、賃料が不相当になったとの点は否認する。

3  同7の事実は認める。

4  同8のうち、正当事由の存在については争う。

同(一)の事実は不知。本件建物は、渋谷区宇田川町二丁目一番に位置し、専有面積が二六・五七平方メートルにすぎないこと等からして、社宅としては不適切である。仮に社宅手配の必要性があるとしても、社宅を賃借するための家賃負担よりも、現在の本件建物の家賃収入のほうが高額であるから、原告に経済的不利益はない。また、原告は入居者がいることを知りながら本件建物を購入したのであり、そもそも自己使用の必要はない。

同(二)のうち、被告会社が本件建物を事務所として使用していること及び現在本件建物内で就業している者は代表者の森田と数名の従業員のみであることは認め、その余は否認する。本件建物所在地は商業地域に属し、本件建物内で営業していること自体が顧客に対する信用獲得の要因である。本件建物から移転すれば、連絡先等で混乱を生じ、保証金その他の移転料及び取引先への通知等の負担による損害を被り、業務上支障を生じる。

同(四)(1)の事実は否認する。六月分、七月分の賃料は、平成元年七月一〇日頃供託した。

同(2)のうち、更新料の支払をしていないことは認めるが、怠っているとの点は否認する。本件賃貸借は法定更新されたので、特約に基づく更新料について支払義務はない。

同(3)の事実は否認する。水道料は原告が一旦支払ってから、被告会社に請求することになっているところ、原告からの請求が全くないため、被告会社はその金額もわからない状態であった。

同(4)のうち、被告会社が壁紙を張り替えたことは認めるが、無断で行ったとの点は否認する。被告会社は、昭和六二年二月下旬ころ、協和地所の承諾を得た。

同(五)(1)の事実は認める。

同(2)のうち、被告森田が新会社において本件建物を継続して賃借したい旨申し入れたこと、昭和六〇年三月二九日に本件賃貸借契約が締結されたことは認めるが、その余の事実は否認する。原告と被告森田個人との賃貸借契約(昭和六一年七月九日を期限とする。)が右同日まで継続していたものを、被告会社との本件賃貸借契約に切り替えたにすぎない。

同(3)のうち、本件賃貸借契約の賃料が、月額一六万五〇〇〇円であること、既に被告森田から預かっていた敷金四六万五〇〇〇円のうち一六万五〇〇〇円を新契約の礼金として充当し、残金三〇万円は敷金とし、個人契約の更新料一六万五〇〇〇円を支払わないものとしたことは認め、その余の事実は否認する。

同(4)のうち、協和地所が更新の申し出を失念したこと、被告会社が壁紙の張り替え代金を請求したことは認めるが、その余の事実は否認する。

同(5)のうち、被告会社が第一及び第三回調停期日に欠席したこと、第四回調停期日に代表者の森田が出頭し、八パーセント以上の値上げには応じられない旨主張したこと、調停が打ち切られたこと、原告が本訴を提起したことは認めるが、第四回調停期日の席上で森田が乱暴な口調を用い、調停委員及び原告代理人に意見を述べる機会を与えないほどの勢いで自己の主張を繰り返し、話し合いができなかったとの点は否認する。

三  予備的抗弁(被告ら)

相殺契約(請求の趣旨第二項に関し)

1  本件建物の壁紙は、十数年の経過により黄ばみ剥がれてきており、接客できない状態になったため、被告会社は原告に対し、昭和六〇年一月これを修繕するように請求したが、約一か月経過の後も応答がないので、同年二月下旬、協和地所の承諾を得て自ら修繕を行った。

2  したがって、仮に被告会社に特約に基づく更新料の支払義務があるとしても、昭和六二年九月ないし一〇月ころ、協和地所の専務田久保某と被告会社代表者の森田との間で右更新料請求権と前項の壁紙の補修費用償還請求権とを対当の評価額で相殺する旨の合意が成立した。

四  予備的抗弁に対する認否

被告会社が壁紙を張り替えたことは認めるが、相殺契約成立については争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし4の事実は、当事者間に争いがない。

二  初めに、賃料増額請求について判断する。

1  原告が被告会社に対し、原告主張のとおり昭和六二年一二月一日以降及び昭和六三年九月一日以降賃料を増額する旨の各意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》によると、本件建物の昭和六〇年三月一日の時点における賃料月額一六万五〇〇〇円は、昭和六二年一二月一日の時点において不相当となっていたものと認められる。

3  鑑定の結果によると、本件建物の昭和六三年九月一日の時点における賃料額は月額一九万九〇〇〇円が相当であるとされている。

右鑑定の手法は次のとおりである。(1)まず、右の時点における本件建物の再調達原価を一平方メートル当たり二六万五〇〇〇円とし、敷地の価額(持分割合に相当するもの)を近隣標準地価格一平方メートル当たり二一〇〇万円から効用増加率と効用減価率とを勘案し準建付減価をも考慮して一億二二二四万円とし、これに期待利回りを乗じて算出した経済純賃料に必要経費を加算して経済賃料を算出し、他方、実際支払賃料に敷金の運用益を加算した実際実質賃料を算出したうえで、右経済賃料と実際実質賃料との差額の間に配分割合を三分の一として調整を試み、いわゆる差額配分賃料を試算している。(2) 次に、昭和六〇年三月一日以降の現行賃料月額一六万五〇〇〇円を基準として東京都区部の家賃統計指数を用いて、いわゆるスライド方式による試算賃料を算出している。(3) さらに、同類型の建物について前記の時点における実際支払賃料を一平方メートル当たり月額八〇〇〇円として本件建物の床面積に乗じ、いわゆる事例比準賃料を試算している。(4) そして、右(1)ないし(3)の三つの試算賃料額に順次三・二・一の割合で加重して平均値を算出し、前記のように月額一九万九〇〇〇円という支払賃料額を算定している。右のような算定方法及びその内容は客観的なものとして肯認することができる。

ところで、本件で求められている昭和六二年一二月一日の時点における賃料額については、本来であれば右のような手法を用いて個別に算定すべきであろうが、九か月後の昭和六三年九月一日の時点における賃料額が現に右のように算定されており、その手法、内容ともに客観的に肯認し得るものであることからすると、これを手がかりとして逆算することも許されないものではないと考えられる。そして、その方法としては、経過期間の月割りによるのが最も妥当であるといえる。すなわち、前記スライド方式、近隣事例比準方式による場合はもとより、差額配分方式によった場合でも、その重要な要素とされる敷地の価額は当時の東京都内の地価変動の趨勢に照らし九か月前においては建物の評価の差以上の幅をもって低目に評価されることは避けられないから、その試算賃料は九か月遡った時点でより低額の価を示すことは明らかである。したがって、これらの三方式のそれぞれについて個別に算定し直す場合はともかく、そうでなく単純に九か月の期間を遡った時点との間に賃料の額に差異が生ずるという前提に立ってその価を求める限りにおいて、その間に著しい上昇のあったことを推認させる特段の事情の存することを認めるべき証拠がない以上、平均的な数値として月割りによる額を求めるのが最も適当であると考えられる。

そうすると、昭和六二年一二月一日の時点における本件建物の賃料月額は、次の算式により一九万一七〇〇円とするのが相当である(昭和六〇年三月一日から昭和六二年一二月一日まで三三か月、昭和六三年九月一日まで四二か月)。

165,000+(199,000-165,000)×33/42=191,700

4  原告は、昭和六三年九月一日の時点においても従前の賃料は不相当となったと主張する。

しかし、右2、3において認定、判断したように、本件建物の昭和六〇年三月一日の時点における賃料月額は一六万五〇〇〇円であり、その後二年九か月を経過した昭和六二年一二月一日の時点で右賃料額は不相当となり月額一九万一七〇〇円に増額するのが相当と考えられるのであるが、原告の主張にかかる昭和六三年九月一日はその後わずかに九か月を経過したにすぎず、右増額された賃料がこの時点において再び不相当になったと認めることはできない。すなわち、建物賃貸借における適正賃料額は前記のような各種の算定方式により算出することができ、各方式において考慮要素とされる事実関係は時日の経過により変化するものであるから、観念的には、適正賃料額は一か月単位でも変動する可能性はある。しかし、賃貸借契約は継続的契約関係として一定期間存続することを予定しており、契約関係の安定のためにも、一たん合意によって定められた賃料は、特段の事情のない限り相当期間固定されたものであるべきは当然である。本件賃貸借契約においては、特段の事情を認めるべき証拠はなく、右九か月の期間はいまだ相当期間の範囲を超えていないものというべきである。したがって、昭和六三年九月一日以降賃料が増額されたことを前提とする原告の請求は理由がない。

なお、このことは、昭和六二年一二月一日以降の賃料額を確定するに当たって、鑑定の結果に示された昭和六三年九月一日の時点における賃料額を手がかりとしたことと矛盾するものではない。右鑑定においてはあり得べき客観的賃料額を算定したにすぎず、賃料増額請求の要件の有無とは関りのないものだからである。

5  右のとおりであるから、本件建物の賃料は、原告が昭和六二年一一月一七日にした増額請求により同年一二月一日以降月額一九万一七〇〇円に増額の効果が生じたものである。

三  次に更新料支払請求について判断する。

本件のように賃貸借契約が法定更新された場合にも賃借人に更新料支払義務が存するかにつき検討する。

《証拠省略》によると、本件賃貸借契約書には第一一条第一項に特約条項として「更新料は新賃料の壱カ月分とする」旨記載されていることが認められ、右文言のみをもってすれば、法定更新の場合を含む趣旨とみられないではない。

《証拠省略》によると、原告及び協和地所は、被告森田個人との間の本件建物賃貸借契約の期間満了に際し更新契約締結の手続を失念したため、原告の従業員の高木、協和地所専務の田久保、都圏不動産代表取締役の斉藤の三人で契約を正常な形にするため被告代表者森田と交渉したこと、交渉は難航したが被告会社との間の契約(本件賃貸借契約)に切り替えることとして決着をみ、そのうえで個人契約の敷金から礼金として一六万五〇〇〇円が差し引かれたこと、ところが本件賃貸借契約満了に際し、原告及び協和地所は再度更新契約締結の手続を失念したこと、そこで原告は更新契約締結の手続をしたい旨協和地所を通して被告会社に申し入れ、さらに原告の従業員の黒木宗孝及び前記田久保、斉藤が被告代表者森田に対し、契約を正常な形にし更新料を支払うよう交渉したが、森田は更新契約の締結を拒否し、法定更新であるから更新料は支払わない旨述べたことが認められる。右事実によると、本件賃貸借契約の当事者間においては、更新料の請求は契約を正常な形とすることすなわち更新契約の締結を前提とするものと認識していたことが推認される。

また、前記のような更新料支払の特約を締結する場合の当事者の合理的意思を推測しても、合意更新の場合には少なくとも更新契約の定める期間満了時まで賃貸借契約の存続が確保されるのに対し、法的更新の場合には、じ後期間の定めのないものとなり、正当事由の有無はともかく、いつでも賃貸人の側から解約の申し入れをすることができ、そのため賃借人としては常時明渡しをめぐる紛争状態に巻き込まれる危険にさらされることになるのであるから、この面をとらえると、更新料の支払は、合意更新された期間内は賃貸借契約を存続させることができるという利益の対価の趣旨を含むと解することができる。なお、契約期間を経過した後においても、当事者間の交渉次第では期間満了時から期間を定めて合意更新したものとすることも事実上可能であろう。このようにしてみると、更新料の支払は更新契約の締結を前提とするものと解するのが合理的である。

そもそも法定更新の際に更新料の支払義務を課する旨の特約は、借家法第一条の二、第二条に定める要件の認められない限り賃貸借契約は従前と同一の条件をもって当然に継続されるべきものとする借家法の趣旨になじみにくく、このような合意が有効に成立するためには、更新料の支払に合理的な根拠がなければならないと解されるところ、本件において法定更新の場合にも更新料の支払を認めるべき事情は特に認められないから、この点からしても本件賃貸借契約における更新料支払の特約は合意更新の場合に限定した趣旨と解するのが相当である。

したがって、本件更新料の請求は理由がない。

四  正当事由に基づく解約申し入れについて判断する。

1  原告が被告会社に対し、請求原因7記載のとおり解約申し入れをしたことは当事者間に争いがない。

2  そこで、以下、原告の主張の順序に従って正当事由の有無について判断する。

(一)  請求原因8(一)について

《証拠省略》によると、原告が国際マリンの出資一〇〇パーセントの子会社であり、国際マリンの役員及び従業員の社宅の手配管理はすべて原告が行っていること、国際マリンが平成元年四月一日旧商号馬場大光商船株式会社から社名変更し、日本汽船株式会社及び新栄船舶株式会社の海上従業員及び配乗船を集約したことから、同社の従業員及び役員が増加したこと、その結果原告にとって増加したこれら従業員及び役員の社宅を手配する必要が生じたことが認められる。

しかし、《証拠省略》によると、現在本件建物に入居を予定している役員は代々木の秀和参宮橋レジデンスを社宅として使用しているほか、地方に持ち家を所有していることが認められ、とりわけ本件建物に居住しなければならない必要性については、《証拠省略》によれば緊急事態の待機用であるというのであるが、緊急事態のために本件建物が不可欠であるとする根拠は必ずしも明らかでなく、緊急事態に備える必要性が高いと認めるに足りる証拠もない。

《証拠省略》によれば、手配済の役員社宅が賃借物件であることが認められるが、その賃料の額が本件建物の賃料収入を超えるなどして原告にとって経済的負担となっていることを認めるに足りる証拠はない。

(二)  同(二)について、被告会社が本件建物を事務所として使用していること、現在本件建物内で就業している者は被告代表者の森田と数名の従業員のみであることは、当事者間に争いがない。

《証拠省略》によると、被告会社の融資先はほとんどが会社であり、一ヵ月二〇〇〇万円から三〇〇〇万円の取引をしていること、営業活動の領域は渋谷区を中心に目黒区、新宿区、品川区に及んでいること、被告会社は本件建物の属するマンションの管理組合から駐車場を借りて営業の便宜に利用していること、したがって、本件建物を明渡すことが被告会社の営業活動に支障を来すことが認められる。

(三)  同(三)について

《証拠省略》によると、原告主張の内容の管理組合規約の規定のあることが認められる。

しかし、《証拠省略》によると、被告会社の融資先は右のとおりほとんどが会社であって、サラリーマンを対象とする融資は一切行っていないことが認められ、また不動産業については、成立に争いのない甲第九号証によると会社の目的の一つとしてその旨の登記をしてあることが認められるが、被告本人尋問の結果によると顧客から依頼があれば親会社につなぐ程度で被告会社が直接不動産業を行っているわけではないことが認められる。ほかに被告会社が右規定第二一条第三項8記載の消費者金融業・不動産業に該当すると認めるに足りる証拠はない。

また、管理組合規約は区分所有者間の約定であり、原告と被告の賃貸借契約関係を直接規制するものではなく、《証拠省略》によると、被告森田は金融業を始めて約二二年になり、個人契約の時から金融業の営業用事務所として本件建物を賃借していたものであり、本件賃貸借契約締結に際し被告会社の商業登記簿謄本を原告に交付したこと、そして原告は被告会社の営業内容を承知のうえ本件賃貸借契約を締結したことが認められ(る)。《証拠判断省略》

したがって、原、被告間において、管理組合規約の右条項を正当事由として斟酌することは相当でない。

(四)  同(四)について

(1) 原告は平成元年七月一二日の時点における二か月分の賃料の供託の不履行をもって被告会社の債務不履行であると主張するが、原告が平成元年五月三一日本件第二回口頭弁論期日において、被告会社に対する本件建物の明渡請求を追加したことは記録上明らかであり、原告は同日から本件賃貸借契約そのものを否定し弁済を受領しない意思を明確にしたと認められるから、被告会社が言語上の提供をせず、ひいて供託をしなかったからといって、債務不履行の責めに任ずるものということはできない。したがって、右主張は失当である。

(2) 原告は被告会社が法定更新の際の更新料を支払わないことをもって債務不履行であると主張するが、契約が法定更新された本件において被告会社に更新料支払義務のないことは、前記三判示のとおりであるから、右主張は失当である。

(3) 原告は水道料の不払をもって被告会社の債務不履行であると主張する。

《証拠省略》によると、本件賃貸借契約において、水道料は賃借人が負担する旨の合意がされていたことが認められる。

《証拠省略》によると、昭和六三年一〇月一八日付けで原告から被告会社に対し水道料の請求をした事実が認められるところ(《証拠判断省略》)、同月末日までに右水道料の支払がされたことを認めるに足りる証拠はない。

しかし、《証拠省略》によると、水道料の支払はまず原告において立替払をし、数か月分をまとめて請求書を作成して被告会社に送付し、被告会社はこの請求書に基づいて支払うという方式をとっていたこと、そして被告会社は右方式に従い請求の都度水道料を支払っていたこと、原告主張の昭和六二年九月一日から昭和六三年八月三一日までの水道料は、同様に原告において立替払していたのを昭和六三年一〇月一八日付けで一括して請求したものであることが認められ、《証拠省略》によれば、右請求にかかる水道料は現在では既に支払われていることが認められる。右請求の時点は前記解約申入れより後であり、現に右水道料は支払われていることからすると、いずれにしても解約申入れの正当事由として斟酌すべき債務不履行には当たらないというべきである。

(4) 原告は被告会社が壁紙を張り替えたことをもって債務不履行であると主張する。

《証拠省略》によると、本件賃貸借契約には賃借人は賃貸人の文書による承諾なしに構造または造作を変更する等の行為をしてはならない旨の約定のあることが認められる。

しかし、他方、《証拠省略》によると、本件建物の壁紙は被告森田の個人契約以前からのもので、張替え当時、相当程度汚れていただけでなく、破れてかびが生える等の状態であったことが認められる。そして本件賃貸借契約の使用目的が営業用の事務所であることにかんがみると、その使用に支障を生じていたものと推認することができる。そうすると、被告会社が壁紙を貼り替えたのは、賃貸借の目的を達成するためにしたものというべきであって、前記契約条項の「構造または造作の変更をする等の行為」に含まれないと解するのが相当である。

したがって、この点につき被告会社の義務違反は認められない。

(五)  同(五)について

(1) 本件建物について当初被告森田個人との間に原告主張の内容の賃貸借契約が締結されていたこと、期間満了に当たり被告森田が新会社において本件建物を継続して賃借したいと申し出たこと、昭和六〇年三月二九日に本件賃貸借契約が締結され、賃料を月額一六万五〇〇〇円とし、被告森田から預かっていた敷金四六万五〇〇〇円のうち一六万五〇〇〇円を新契約の礼金として充当し、残金三〇万円を敷金とし、個人契約の更新料一六万五〇〇〇円を支払わないものとしたことは、当事者間に争いがない。

しかし、被告森田が被告会社の賃貸借契約の締結を故意に引き延ばしたとの事実を認めるに足りる証拠はない。

また、《証拠省略》によると、前記高木、田久保及び斉藤が本件賃貸借契約締結の交渉のため森田を本件建物に訪ねた際、暴力団風の者が一名おり、森田が乱暴な口調で電話に応対するなどしていて、斉藤が森田の態度に威圧的なものを感じたことが認められ(る)。《証拠判断省略》しかし、他方、《証拠省略》によれば、前記暴力団風の者が同席したのは数回にのぼる交渉のうち初めの一回だけであり、また斉藤は本件賃貸借契約締結の交渉過程において補佐的な役割を担当したにすぎないことが認められるのであって、このような事実をも併せ考えると、前記各事実からは、森田による多少の威圧的態度があったことがうかがえるにしても、強要行為の存在までを推認することはできない。

(2) 次に、被告代表者の森田が、原告からの本件賃貸借契約の更新の申し入れに対し、法定更新したことを理由にこれを拒絶したことは前記認定のとおりであり、《証拠省略》によると、更新契約及び賃料増額の交渉に際し森田は協和地所が約束に違反して被告会社を有益な取引に関与させないとの理由でこれに応じる姿勢を見せなかったことが認められる。

そして、被告会社が壁紙の張替代金を請求したこと、被告会社が第一回及び第三回調停期日に欠席したこと、第四回調停期日に被告代表者の森田が出頭し、八パーセント以上の値上げには応じられない旨主張したことは、当事者間に争いがない。《証拠省略》によれば、第四回調停期日において、原、被告間において適正賃料の額に大きな開きがあって、被告森田の態度が強硬なため不調となった事実は認められる。

しかし、被告会社が本件賃貸借契約の更新及び賃料増額の交渉の間、本件建物内に暴力団風の者を出入りさせて原告を威圧したことについては、これを認めるに足りる証拠がない。

右事実によると、本件賃貸借契約に関する交渉過程において被告会社が自己の立場に固執して原告の申し入れを誠実に検討する姿勢のなかったことは認められるが、賃貸借契約の更新や条件変更等について賃貸人と賃借人との間で交渉の難航することは一般に見られることであり、被告会社の右態度をもって信頼関係破壊に至る不信行為と認めるには足りない。

(六)  右事実を総合すると、原告の自己使用の必要性もそれなりに認められなくはないが、被告会社の必要性に比較して高いということはできないし、被告会社において、契約関係の継続を困難とするほどの不信行為のあったことも認められないから、原告の解約申し入れは正当事由あるものと認めることはできない。

五  以上のとおりであって、原告の請求は、本件建物の賃料が昭和六二年一二月一日以降月額一九万一七〇〇円であることの確認を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 新村正人 裁判官 荒井勉 前田英子)

<以下省略>

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